虚しさとスピリチュアルペイン
モチベーションアップの法則

虚しいと感じるのはスピリチュアルペイン(魂の痛み)かもしれない

虚しい

自分の人生をどこか虚しくてつまらないと感じながら、ただ淡々と毎日をこなしている。もっと手応えや充実感のある毎日を過ごしたいと望んではいるけれど、どうしたら良いかわからない。もがいてもその答えはなかなか見つからない。 

そんな日々が長くなると、いつの間にか自分が何を望んでいたのかも見失ってくる。残るのはただ虚しいという気持ちばかり---。

今、そんな虚しさを抱えている人は少なくありません。とにかく全てが面倒くさいと感じている人も多いのだそうです。 

「私」というもののリアルが感じられず、虚しさの前に立ち尽くす、そんな人たちが感じているのはスピリチュアルペインではないでしょうか。

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スピリチュアルペインとは?

スピリチュアル・ペインとは、「私は何のために生まれてきたのだろう」「生きている意味はあるのか」「この苦しみにはどういう意味があるのだろうか」など、誰にも答えられない人生の意義を問い、運命を問い、神への問いに悩み苦しむことで、「魂の痛み」とも訳されます。

世界保健機関(WHO)は、人間には大きく4つの苦しみがあるとしています。肉体的(フィジカル)苦痛、精神的(メンタル)苦痛、社会的(ソーシャル)苦痛、そして人間の尊厳など霊的(スピリチュアル)苦痛。スピリチュアルペインは、この4つのトータルペインの中の一つです。

虚しさを量産する息苦しい社会

今の日本では、モノを大量に生産して大量に消費することができるようになりました。それにより安くモノが手に入るようになり、我々は物質的な豊かさを手に入れました。また、かつてないほど安全で平和で、優しさと思いやりのある社会の実現にも成功しました。 

しかし、その裏で百万単位で心の病に悩む人が生じてしまった。多くの「虚しさ」も同時に量産するようになってしまいました。 

つまり、私たちは心を病みながら「魂」を犠牲にして今の社会を実現したわけです。 平和で豊かで優しい社会の裏には、優しさが過剰で魂の交流がない人間関係、代替可能な労働力としてしか扱われず魂が傷つく仕事が待っていたわけです。
しかも、そうして魂を犠牲にして働いてもあまり報われません。頑張って頑張って疲れ果てても、その先に待っているのはなんとかやっていける程度のギリギリの生活でしかありません。

仕事にも生活にもなかなか肯定的な意味を見出せない中で、「虚しい」と感じる人が増えていくのは当然のことと言えるでしょう。

オウム真理教に走った若者たち

かつて、オウム真理教が多くの事件を起こして世間を騒がせていた時、「なぜ優秀な若者たちがカルト球団に走ったのか?」という議論がされていました。 

それはオウムの発したメッセージが、若者たちの心のむなしさを埋めて「輝き」を与えてくれるものに映ったからだと言われています。 

オウムは、「むなしさ」に敏感な若者に「あなたを丸ごと肯定してくれる世界がある」と語りかけ、「君は特別な存在だ」と口説く。若者は特権意識を満たされて、人類救済という使命を与えられる。
するとそれまでのどこか虚しくてつまらなかった毎日が輝きを放ち始めたのだといいます。

自分探しをする日本の中で

私たちは「虚しさ」というスピリチュアルペイン(魂の痛み)を抱えながら、それを癒してくれる(満たしてくれる)何かを求めています。かつては多くの人が普通に感じることのできた「人生の意義」や「人生の喜び」といったことも、もはや簡単に得ることのできないものになってしまったのかもしれません。 

経済成長という目標やアイデンティティを失った日本は、今も自分探しに苦しんでいます。そんな中においては、我々一人一人が「虚しさ」とどう向き合っていくのか考えていく必要があるのかもしれません。

感性豊かで真面目な人ほど「虚しさ」に押しつぶされてしまう傾向があります。時には肩の力を抜いて、頭を柔らかくして、笑い飛ばしてしまうくらいの方が良いこともあるということも忘れないでおきましょう。

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