自分がない……と悩む必要などない

『自分がない』と悩む人は、実は結構たくさんいるのだといいます。

私たち日本人は、自分より社会や組織を優先する文化の中で育ってきていますから、まぁそれも当然のことと言えるのかもしれません。 大人になっていく過程で、自分という「個」を強く意識する機会はそう多くはなかったはずです。

欧米人などと話す場面において、必ず言われることがあります。 それは、「日本人は自分の意見を言わない」というものです。 

欧米には、自己主張をぶつけ合うことを良しとする文化がありますから、彼らから見たら日本人は「自分がない」「自己主張しない」と映るのでしょう。

しかし、「自分の意見を主張しないこと=自分がない」とは限りません。
日本人があまり自己主張をしないのは、は「他人を敬い尊重する」という私たち日本人の美徳を、自分の意見を言わないことで強烈に主張しているからでもあるからです。 

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自分より調和を優先する人

そしてもちろん、自己主張することが必ずしも良いことであるわけでもありません。

例えば自然界では、それぞれの種が自己を主張し合うというより、共存共栄の中で見事な調和を保っています。 特定の種が、あまり強い自己主張をすると、自然界の調和が乱れてしまいます。

日本人は、古くから自然を敬い崇拝してきましたから、その風習を現代の私たちも受け継いでいるとも言えるかもしれません。
つまり、「自分がない」というのは、本当は「調和して生きる」ということを大事にしているということなのです。 

「自分がない」を言い換えると、「調和を大事にする」という日本人らしい自己主張をしているということなのです。
したがって、それで悩む必要など全くないというわけです。

そもそも、もしかしたら、単純に好き嫌いの激しい人のことを見て、「あの人は自分がある人だなぁ」と勘違いしていただけかもしれません。 心が広くて他人に寛容な人のことを「自分がない」と思い込んでいただけかもしれません。

オリジナリティを求めすぎない

また、「自分」というものに、必ずしも「オリジナリティ」を求める必要もありません。

「ごく一般的で平凡な人間、それが私だ」という自分でも良いわけです。

自分がないと悩む人は、他人とは違う自分、つまりオリジナリティを求めすぎて苦しんでいるのかもしれません。 必ずしも周囲の中で特別な存在である必要はないのです。

”違い”は、無理やり探さなくても、やがて勝手に浮き彫りになってくるでしょう。

人間は十人十色、それぞれ違うからです。

自分をつくる

自分がないと感じている人は、「だったら、きっとどこかに本当の自分というものがあるのではないか?」と考えるのが普通です。そして、自分探しを始めます。

しかし多くの場合、簡単に”自分”というものが見つかることはありません……。

結局、あんな自分も、こんな自分もいるからです。どっちの自分も自分だし、簡単に選ぶことなどできないのです。しかも、”自分”はその時の気分で変わったりすることだって珍しくありません。

そんな曖昧な自分を捕まえようと必死に頑張っても、捉えどころがないのだから仕方ありません。

だったら、曖昧な自分を探すより、自分をつくりあげていった方が近道だと考えることもできます。

今の自分は無色透明。どんな自分にもなれるのだ、と考えていくわけです。自分の中に自分を探すのではなく、理想の自分、こうありたい自分になってしまおうというわけです。

雲をつかむような自分探しをするより、こちら方が自分をつかむまでの時間はかなり早いでしょう。その過程で、明らかに自分らしくないものがあれば気づくこともできますから、最終的には理想の自分を自分らしくカスタマイズした自分に落ち着くはずです。

まとめ

繰り返しますが、「自分がない」ということに悩む必要など全くありません。

それでもやっぱり自分を求めるのなら、自分探しではなく、自分つくりをしていきましょう。理想の自分を求めていく中で微調整して自分というものを掴んでいきましょう。きっと、その方が早いですから。

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