働きたくない理由
モチベーションアップの法則

あなたが「働きたくない」のには理由があった

昔から、「働かざる者食うべからず!」とは言いますが、「できれば働きたくない!」というのも多くの人の偽らざる本音ではないでしょうか。

ある研究結果により、「働かない者」がコミュニティにおいて一定の役割を担っていることが明らかになりました。
つまり、「働かない」ことにも意味があったのです。

「働きたくない」のは、ただその役割を担おうとしているだけなのかもしれません…

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働かない働きアリの存在が明らかに

北海道大などの研究チームが、英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に興味深い研究成果を発表しました。

それによると、アリのコロニー(集団)では、全く働かない働きアリが必ず2~3割存在しているのだといいます。
そして、その働かないアリたちは、他のアリが疲れて動けなくなることがあれば、代わりに仕事をするのだそうです。 

普段働かないアリがいることは、集団にとって一見非効率なようですが、全てのアリが同時に疲れて働かなくなるとコローニーが滅びてしまうため、そのリスクを回避する役割として働かないアリが一定数待機しているのだといいます。
そこには、実はとても合理的な「働かない」理由が存在していたワケです。

「働きたくない」人の割合

電通総研が行なった18~29歳の男女3,000名を対象にしたる意識調査では、「できれば働きたくない」と回答した人が29%だったといいます。

ナント‼︎まさに、先ほどのアリと同じ割合です。

コミュニティが形成されれば、その中の2〜3割の者は働かないという仕組みが自然界には存在しているのかもしれません…。

控え選手の存在意義

よくよく考えてみたら、例えば野球は1チーム9人で行うスポーツですが、選手が9人しかいなければ不測の事態に対応できません。やはり控え選手が必要なワケです。

「働きたくない」という人たちは、いざという時のために待機している、そうした控え選手のような存在なのかもしれません。

震災で活躍した暴走族

阪神淡路大震災の時、建物が崩壊して道路が寸断され、車が通れずに救援物資が不足していた時、日頃は住民に迷惑ばかりかけていたある暴走族の若者たちが、自分たちのバイクを使って救援物資を運んだといいます。
車は通れなくてもバイクならなんとか走れたので、彼らは自ら動いたのです。

住民たちに感謝されると、彼らは照れながらも嬉しそうにしていて、夜通し何往復も物資を運んだといいます。

そうです。普段はまともに働かずに待機していた彼らに、このとき働く出番がやって来たワケです。

働くことに対する「腰の重さ」

世の中には、「働くのが大好き」な人もいれば、「働きたくない」と思っている人もいます。 これを「働き者」と「怠け者」などという呼び方で、簡単に片付けてしまうのは少し乱暴なのかもしれません。

「働きたくない」のは、たまたま相対的に「働く」ということに対する腰が重い個体だったからと考えてはどうでしょう。

アリの例でも同じことが言えるそうです。
先ほどのアリの研究結果でも、働くのは相対的に「働く」ことに対する腰が軽い8割のアリ。「働く」ことに対する腰が重い残りの2割のアリが働かないのだそうです。

したがって、働いている8割のアリだけを集めて新たなコロニーを作ると、その中の2割のアリはやはり働かなくなるといいます。
同様に、働いていないアリだけを集めて新たなコロニーを作ると、その中の8割のアリは働き出すというのです。

やはり、コミュニティの中では働くのは7〜8割の者だけで、残り2〜3割は働かないという自然界の仕組みが存在していると感じさせます。

社会全体でも、会社でも、学校でも、その自然界の仕組みは作用しているのかもしれません。
だとしたら、「一生働きたくない」と言っているニートも、仕事せずに給料泥棒なんで言われてるオジさんも、どこにでも必ず存在するのだということになります。つまり、働かないのは彼ら個人の問題ではなく、それがコミュニティの仕組みなんだということです。

頑張っって働く2割の人たち

ちなみに、経済協力開発機構(OECD)が2017年に公表したニート率(仕事や就学をせず職業訓練も受けていない15~29歳の日本の若者)は10.1%

このことからザックリ言うと、「全体の3割の人は働きたくないと思っているけれど、そのうち2割の人は我慢して働いている。残り1割の人が本当に働いてない」というのが日本社会の現状だということになります。

そしておそらく、我慢して働いているこの2割の人たちの中に、頑張りすぎて鬱病になる人が多く含まれるのではないかと思われます。

「働きたくない」人の希望

しかし、いくら働かない人がいるのが自然界のルールだと言っても、人間社会では基本的には働かないと生活できないのが現実です。 「いざという時のために待機しているんだからお金ちょうだい!」と言っても通用しません。
きっと、実家にこもっていても親がうるさいでしょう。

人間社会は働かない人に非常に厳しく、人格や存在まで否定されるようなこともしばしば起こります。たまたま「働きなくない」と思ってしまう3割に該当した人たちは、そうした生きにくい社会で生きていくことになるわけです。

では、そんな「働きたくない」人たちに希望はないのでしょうか。

先ほどの話の中に希望があります。
働かないアリだけを集めるとその中の8割のアリが働くという話です。

つまりそういう環境になれば、喜んで働くようになるということです。

「今、働きたくない」と思っているのも自然界の仕組みなら、出番が来れば自ら働こうとするのも同様に自然界のルールなワケですから。

では、今「働きたくない」と思っている人が「喜んで働きたい」と思える場所はどこにあるんでしょう?

ひとつ言えることは、「働く」ことに腰の軽い人たちの中に、「働く」ことに腰の重い人を無理やり放り込んでも大抵うまくいかないということです。つまりそれは、バリバリ働くビジネスマンの中に、何年間もニート生活を送ってきた人を放り込むようなもので、それはもはや虐待といっても過言ではないでしょう。

つまり、「気持ちを入れ替えて」とか「気合いと根性で頑張る」とかではなく、自分が自然と働こうと思える環境を探すしかないということです。 

「働きたくない」と考える人たちは世の中の3割にも達します。その他の7割の人たちの中に飛び込んで頑張るより、残りの3割の人たちの中で働く方法を模索するのです。「働きたくない」人の希望はきっとそこにあるはずです。

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