「ペシミズム」とは?

ペシミズムは、「悲観主義」あるいは「厭世(えんせい)主義:世の中を嫌なもの、人生を価値のないものと思うこと」などと訳される言葉です。

物事を悲観的に考え、なんでも悪くとらえてしまう態度のことです。
言葉の由来は、「最悪のもの」を意味するラテン語pessimum。

ペシミズムは、世界は悪に満ちており、人はこれを根絶できないと考え、しばしば人生は生きるに値しないという思想にも発展していきます。

一方、ペシミズムの反対語は「オプティミズム(=楽観主義)」

物事を楽観的に捉え、「きっとうまくいく」と考える態度のことです。 

例えば、コップに水が半分入っている状態を見たときの両者の態度は次のようなものになるでしょう。

ペシミズム(悲観主義)
「半分しかない…もうダメだ。」

オプティミズム(楽観主義)
「おっまだ半分もあるぞ!」

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宗教におけるペシミズム 

多くの宗教の思想には、このペシミズム(悲観主義)が見てとれます。
世の中は不条理でそれはどうにもならない。しかし救いはこの宗教にある。だから信仰しなさい、という感じ。

宗教は、ペシミズムにおちいった人々に救いの手を差し伸べるのです。

良いか悪いかは別として、ペシミズムに陥った人たちの中には、そうして拠り所を求めて宗教にハマっていく人が少なくありません。

知性のペシミズムと意志のオプティミズム

次のような言葉があります。 

「知性のペシミズム(悲観主義)、意志のオプティミズム(楽観主義)」
アントニオ・グラムシ『獄中ノート』

思考を進めるには物事を否定的に見る姿勢が必要ですが、それは往々にして悲観主義をもたらします。
突き詰めて考えるほど「全てが無駄で無意味だ」となりがちなのはどうしても避けられないことなのかもしれません。

知性はどうしてもペシミズム(悲観主義)に陥りやすい運命なのです。 

しかし、そんな中でも(そんな中だからむしろ)人生を意味あるものとし、前向きに歩んでいくためには、楽観的であらんとする意志が必要というわけです。

知性から生み出されるペシミズム(悲観主義)に負けず、自らの立ち位置を意志の力でオプティミズム(楽観主義)に置き続ける。
そんな姿勢がこの言葉には込められています。

最後に 

知性としてはペシミズム(悲観主義)を持ち、意志としてはオプティミズム(楽観主義)を持つ。
こうした二つの姿勢を併せ持った態度こそ、単なる批評家でも夢想家でもない真のリーダーだと言えるのかもしれません。

大抵、どちらかに偏ってしまいがちですが、それではダメなのです。
この二つの面を併せ持った人物こそ、真のリーダーに相応しいのでしょう。

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